第2節 過去生の記憶

2.よみがえった過去生

 (1)過去生退行の一例

 1982年、ブライアン・L・ワイス博士(マイアミ大学医学部精神科教授)が、キャサリンという被験者に退行催眠を行っていたときのことである。ワイス博士は、伝統的な科学観のもとで多数の論文を発表していた真面目な研究者であり、当時、生まれ変わりや死後の生命については、全く信じていなかった。キリスト教徒であるキャサリンも、生まれ変わりなど信じてはいなかった。それまで、キャサリンの水や暗闇に対する恐怖心の原因を探ろうと、幼少の頃まで記憶をさかのぼらせたが原因が見あたらなかったため、ワイス博士は時期を限定せずに、「症状の原因となった時にまで戻りなさい」という漠然とした指示を行ってみた。ワイス博士は、その時の出来事を次のように記している。

「あなたの症状の原因となった時にまで戻りなさい」

 その後に起こったことに対して、私は全く心の用意ができていなかった。

「建物に向かって、白い階段が見えます。柱のたくさんある白い大きな建物で、前の方は開いています。入口はありません。私は長いドレスを着ています。ごわごわした布でできた袋のような服です。私の髪は長い金髪で、編んでいます。」

 私は。何が何だか、わからなかった。一体、何が起こっているのだろうか。それはいつのことで、あなたの名前は何というのかと、私は彼女に質問した。

「アロンダ・・・・私は18歳です。建物の前に市場が見えます。籠があります。籠を肩に乗せて運んでいます。私たちは谷間に住んでいます。水はありません。・・・・・時代は紀元前1863年です。その地域は不毛で、暑くて、砂地です。井戸があって、川はありません。水は、山の方から谷間に来ています。(中略)・・・・・足にはサンダルを履いています。私は25歳です。私にはクレアストラという名前の女の子がいます・・・・・彼女はレイチェルだわ(レイチェルは現在の彼女の姪であり、とても親密な関係にある)。」

 私(ワイス博士)はびっくりした。胃がきゅっとと縮み、部屋の中がとても熱く感じられた。彼女の見ているビジョンや思い出は、非常にはっきりしているようだった。あやふやな所は全くなかった。名前、時代、着ているもの、木、全てがありありとしていた。何が起こっているのだろう。その時の彼女の子供が、現在の姪だなんてことがあり得るのだろうか。私は、ますますわけがわからなくなった。それまで、何千人もの精神病患者を診てきたし、催眠療法も数えきれないほど行ったが、こんなに見事な幻想には、夢の中の場合でさえ、一度も出会ったことはなかった。時をもっと先に進めて、死ぬ場面に行くようにと、私は指示した。私は彼女の症状の原因になった事件を捜していた。

「大きな洪水が木を押し倒していきます。どこにも逃げ場はありません。冷たい。水がとても冷たい。子供を助けないと。でも、だめ・・・・子供をしっかりと抱きしめなければ、おぼれそう。水で息がつまってしまった。息ができない。塩水で、飲み込めない。赤ん坊の身体が、私の腕からもぎ取られて行ってしまった!」

 キャサリンはあえぎ、息ができなかった。突然、彼女の身体がぐったりして、呼吸が深く安らかになった。

「雲が見えます。・・・・・私の赤ん坊も一緒にいます。村の人達も。私の兄もいます。」

 彼女は休んでいた。その人生は終わったのだった。私は驚き、あきれていた。過去生だって?輪廻転生だって?しかし、彼女が幻想を見ているのでもなければ、物語を創作しているのでもないことは、医者としての知識からも確かであった。医学のあらゆる事例が私の心をよぎったが、彼女の精神状態や性格からは、いま起きたことを説明することはできなかった。

 これらは、ある種の記憶に違いなかった。しかし、どこから来たものなのだろうか。自分がほとんど知らない分野、つまり、生まれ変わりや過去生の記憶といったものにぶつかったのではないか、と私はとっさに思った。でも、そんなはずはない、と自分に言い聞かせた。科学で仕込まれた私の理性が拒否していた。しかし、現実に、目の前でそれは起こっているのだ。私には説明できないけれど、現実を拒否することもできなかった。

「もっと続けてください。」

 少し気分が悪かったが、起こっていることに興味があった。

「ほかに、何か想い出せますか?」と聞くと、彼女は断片的に、その他の2つの人生を思い出した。

 ワイス博士は、このようにして、退行催眠の被験者が「過去生の記憶」を思い出す瞬間に初めて出会った。科学者として、生まれ変わりや死後の生命など全く信じたくはなかったワイス博士であったが、その後も催眠療法を続けるうちに、トランス状態に入ったキャサリンが、他人が絶対に知ることのできないワイス博士の個人的な秘密を、次々と当ててしまったのである。しかも、次のように、キャサリンはそれらの秘密を、彼女のいう「マスター」(あの世にいる指導役の魂たち)に教わっているという。

 鳥肌が立つ思いだった。こうした情報を、キャサリンが知っているはずがなかった。どこかで調べることができるような情報でもなかった。父のヘブライ名、1,000万人に1人という心臓欠陥のために死んだ息子のこと、私の医学に対する不信感、父の死に方、娘の命名のいきさつなど、どれもあまりにも個人的なプライバシーに関する事柄ばかりだった。この何も知らない検査技師の女性(キャサリン)は、超自然的な知識を伝える媒体なのだ。もしも、彼女がこのような事実を明らかにできるのであれば、他にどんなことがわかるのだろうか。私は、もっと知りたかった。

「誰がそこにいるのですか。誰がそんなことをあなたに教えてくれるのですか?」

「マスターたちが私に教えてくれます。彼らは、私が、肉体を持って86回生まれていると言っています。」

 その後、キャサリンの口を通じて、中間生(あの世)にいる「指導役の魂」たちが、ワイス博士の問いかけに対して直接に解答をくれるまでになっていく。その興味深い内容については、次節以降で他の研究者の業績を絡めながら紹介したい。

 ワイス博士は、目前の現象をあらゆる角度から疑ってみたが、ついに認めざるを得なくなり、他の多くの被験者たちにも過去生への退行催眠を試みてみた。その結果、退行催眠という治療法を必要とする患者の60パーセント程度は、過去生にまでさかのぼらなくても、今回の人生の幼少期の記憶を思い出すことで治癒できることを確認した。しかし、残る40パーセントの患者については、過去生にまでさかのぼらなくては心の傷の原因がわからないことを発見し、「今回の人生に限定した退行催眠を行っていては、どんなに優れたセラピストでも、患者を完全な治癒に導くことは不可能だ」と述べる。医者、会社役員、弁護士、セラピスト、主婦、工員、セールスマンなど、宗教や地位、教育水準、信条などの異なる数百人もの被験者に個別に退行催眠を行い、その何倍もの人々に対してグループで退行催眠を行ってみたところ、ほとんどの患者が過去生を思い出したという。そして、それぞれの被験者が、様々な恐怖症、パニック、悪夢、原因不明の恐れ、肥満、対人恐怖、肉体的苦痛や病気などから解放されたのである。その過程で、ワイス博士は、何度もの人生にまたがる、次のような現象を見つけ出した。

 「私の患者の多くは、催眠状態で、何回もの過去生において、様々な形で繰り返されている異なったトラウマ(精神的な外傷)のパターンを、いくつも想い出している。そのパターンの中には、父と娘の近親相姦が何世紀にも渡って続き、今回の人生でもそれが繰り返されているというものがある。また、過去生での暴力的な夫が、今回の人生では暴力的な父親として現れるというパターンもある。アルコール中毒によって過去生で何度も破滅したというのもあれば、ある不仲な夫婦の例では、2人は過去4回もの人生で、互いに殺し合っていたことがわかった。」

 このような、いくつもの人生に渡る因果関係(宗教的にはカルマと呼ばれる)の存在については、他の研究者の同様の発見と絡めながら後述する。

 


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