甲子園狂想曲、「飛び入り」章

2004年3月24日

 入場門前はすごい混雑ぶりだった。しかもぜーんぶ一高応援。懐かしい顔にもたくさんあった。隣にならんだ人は隣のJ君だったし・・・「やっぱり来たの?」そんな会話があちら、こちら。もうすでに応援と同窓会が混じり合っている。
みんなのテンションも最高潮の時、球場の窓から大声を出しているおじさんがいた。「関高諸君!!関高魂を全国に知らしめよ。」
なんだあのよっぱらいは?
何度も叫ぶので誰かがおまえは誰だ?と聞いたらしい。
「俺は関高卒のIだ!!!」
えっ?いやだ!!!
同級生のI君じゃないの!!
彼は高校時代から有志をしていて全くのバンカラかぶれだった。あんな短い髪型なんて見たこともなかった。そういえば5年前にあった同窓会で京都にいると話していた。京大にあこがれて京都に行って後のことは知らないが植木職人をしていたはずだ。
もう、恥ずかしいったらない。
彼とは高校時代もろくに話した記憶もないのに何の因果か応援席にもやってきた。
「元気だった?」と聞いたら「俺は朝の6時からみんながくるのを待っていた。もう酔っぱらっちゃったよ。でも俺が行くとみんないやがる。」とかいじけてしまっている。「及川さん(ママの旧姓)は昔よりきれいになったね。」
決してこのことばにのせられた訳ではないが、とうとう隣で応援するはめになった。彼は応援団幹部や有志のことだけが気になるようでいろんな質問をしてくる。
テンポが速すぎるだのここの応援はこうするべきだ!!etc
最初は相手になっていたけれど回が進むし点は取られるしでもう彼にかまっていられなくなってきた。
後は見られないかもしれない選手達の晴れ姿をこんなやつのために・・・・
お相手をお姉さんまかせにしてママは自分の世界のどっぷりつかり声をはりあげて人目も気にせず応援した。
勝てば歌える勝利賛歌。
負けたけれど勝利賛歌に値するその試合に応援団は大声で歌い出したのに・・彼は「納得いかない!!!」と最後まで文句を言っていた。
ママ達の時代、その前から一高にはたくさん『ばか』がいた。『ほんとのばか』と『立派なばか』
前者はどうにもならなくて相手にされず、後者は秩序は守り成績はよく自分勝手に生きてる人。彼は今どっちなんだろう?
けれどみんなに会える、みんなに会いたいと今日という日をずっと待っていたのだろう。 I君あえてうれしかったよ。応援楽しかった?
同窓会でまた会いましょう。でも隣には来なくていいから!!!